東京地方裁判所 平成3年(ワ)11213号 判決 1992年5月22日
原告
十市妙子
右訴訟代理人弁護士
久島和夫
同
山﨑賢一
被告
株式会社スワン
右代表者代表取締役
高橋一則
主文
一 被告は、原告に対し、金九〇〇万円及びこれに対する平成三年八月二七日から支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一 請求
主文第一項と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 亡十市章弘(故章弘)は、別紙目録の中津川カントリークラブの正会員であったが、昭和六三年二月一六日死亡した。
2 原告は、故章弘の妻であり、遺産分割協議により右会員の権利(本件ゴルフ会員権)を相続した。
3 被告は、ゴルフ会員権の売買を業とするものである。
4 被告は、昭和六三年二月二九日、本件ゴルフ会員権を、倉品謙二(倉品)から一九八〇万円で買い受け、右同日、日本カントリーサービスに二〇一五万円で売却した。その後、本件ゴルフ会員権は、日本カントリーサービスから鷹取に転売された。
5(被告の悪意又は過失)
被告は、本件ゴルフ会員権を売買した際、倉品が右売却の権限のないことを知っていた(悪意)か又は知らないことにつき過失(過失)があった。すなわち、被告代表者が、本件ゴルフ会員権を倉品から買い受けるに当たり、会員権の名義が故章弘であり、倉品が契約書の売主欄等に倉品の氏名と異なる故章弘の署名をしているのに、その間の事情を倉品に質問することもなく、故章弘側に売買意思の有無の確認をすることもしていない。
したがって、被告代表者も故章弘が既に死亡していた事実を知っていた可能性もあり、いずれにしても、被告には、悪意又は過失がある。
6(原告の損害)
(1) 本件ゴルフ会員権の現在の時価は、二九〇〇万円である。
(2) 原告は、平成元年一月一七日当時の本件ゴルフ会員権の名義人であった鷹取らを被告として、原状回復請求訴訟(別件訴訟)を提起したが、右訴訟で、利害関係人として訴訟に参加した日本カントリーサービスとの間で、平成三年四月二四日、同利害関係人から和解金一七〇〇万円の支払を受けることを条件に、本件ゴルフ会員権の名義を鷹取のままにすることを認める旨の和解をした。さらに、原告は、本件訴訟において、平成四年二月五日被告であった倉品との間で、倉品から和解金三〇〇万円の支払を受ける旨の和解をした。
(3) よって、原告の損害は、九〇〇万円である。
7 したがって、原告は被告に対し、民法七〇九条に基づき、右会員権を失ったことによる損害九〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成三年八月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし4の事実は、認める。
2 同5の事実は、否認する。すなわち、被告には、倉品が右売却の権限のないことを知らなかったし、また、知らないことにつき、次の理由から、過失がない。
(1) ゴルフ会員権の業者間の売買においては、会員権の名義人に、売主の同意なくして、直接連絡を取らない商慣習があり、原告に対し、倉品に売却の権限を付与しているか否かを照会しなかった。
(2) 被告代表者高橋(被告代表者)は、倉品が本件ゴルフ会員権の質入先であるゴルフ会員権担保の金融業者である株式会社徳商から被告が持参した現金と引換えに、本件ゴルフ会員及び付属書類一式の返却を受ける場面を現認した。したがって、取引に慎重な金融業者が会員権を返却した以上、倉品に本件ゴルフ会員の売買権限があると考えたのも当然である。
(3) 被告は、中津川カントリークラブに故章弘の在籍、会費の支払状況等の確認をしている。
3 同6の事実中、(1)の事実は、知らない。(2)の事実は、原告と利害関係人との間の和解に関する点は認める。
三 抗弁(消滅時効)
1 原告が本訴を提起した平成三年八月一三日には、被告が本件ゴルフ会員権の売買を行った昭和六三年二月二九日から三年が経過している。
2 被告は、右時効を援用する。
四 抗弁に対する認否
原告は、前記のとおり、別件訴訟で、名義移転に必要な書式一式が揃っていたこと等の事情もあり、金銭解決の方法を選択せざるを得なくなり、前記利害関係人との間で、平成三年四月二四日金銭解決をしたもので、原告の損害は、右和解成立の時点で発生し、損害額が確定し、被告の不法行為を知った。また、原告が本件ゴルフ会員権の名義が移転されている事実を知ったのは、平成元年一二月ころである。
したがって、原告の被告に対する本訴請求権の消滅時効期間の起算点は、被告が本件ゴルフ会員権の売買をした時点でなく、右和解の成立時(平成三年四月二四日)又は原告が右名義移転の事実を知った時点(平成元年一二月ころ)であるので、本訴を提起した平成三年八月一三日には、まだ消滅時効期間が経過していない。
五 再抗弁(訴訟告知による時効中断)
仮に、右消滅時効期間の起算点は、被告が本件ゴルフ会員権の売買をした時点であったとしても、被告に対しては、別件訴訟で、平成二年一一月二日ころ、訴訟告知をした。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁事実は、認める。
理由
一請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。
二次に、請求原因5(被告の悪意又は過失)について検討するに、証拠から次の事実が認められる。
1 故章弘は、ゴルフ会員権を購入したこと等から付き合いのあった株式会社アクセスコーポレーション(アクセス、旧商号新国際開発株式会社)の営業部長の倉品の紹介で知り合った右アクセス代表者名義で徳商から一六〇〇万円を、昭和六三年九月二八日限り返済する約束で借り入れるにつき、連帯保証した上、故章弘の所有していた本件ゴルフ会員権を担保として名義書換え書類と一緒に倉品を通じて徳商に差し入れた(<書証番号略>)。
2 右借入金は、実質的借主であるアクセスが振り出した額面一八〇万円の約束手形九通で倉品が手形割引きの方法で金策をして弁償する予定のところ、右手形は、昭和六三年四月二〇日から同年一二月二〇日にかけて全部決済されたが、倉品は、右金員を徳商に支払わず、自己のために費消した(<書証番号略>)。
3 昭和六三年二月二五日ころ、倉品は、故章弘が死亡している事実を知って、本件ゴルフ会員権の売却の権限がなく、かつ、前記借入金の返済期の半年以上前であるにもかかわらず、右事実を隠して、同業者である被告代表者に、「本件ゴルフ会員権の売却の権限を故章弘から与えられている。」旨の説明をし、右会員権の売買の話を持ち掛けた(<書証番号略>、被告代表者)。
4 被告は、昭和六三年二月二九日に前記のとおり右会員権を倉品から買い受けたが、その際、被告代表者は、「右会員権を一九八〇万円で売却する。」旨の契約書を倉品が故章弘名義で作成しているのを見て、その後、倉品に徳商に案内された。そこで、倉品は、被告代表者が持参した代金から一九八〇万円を徳商に支払い、徳商から返却を受けた本件ゴルフ会員権証書と付属書類一式を、被告代表者に交付した。また、その際、被告代表者は、本件ゴルフ会員権証書と付属書類一式の交付を受けた旨を証する会員権取引計算書(<書証番号略>)を倉品に交付したが、その際、宛先人欄に故章弘の氏名を自ら書いて、倉品に故章弘の拇印を求め、一九八〇万円の領収書(<書証番号略>)を倉品から受け取ったが、同じく倉品に故章弘の署名、拇印を求めている。そして、被告は、売主であるアクセスないし倉品から領収書等の書類を一切受け取っていない(<書証番号略>、被告代表者)。
5 被告は、右会員権を倉品から買い受けて、日本カントリーサービスに売却するに当たり、本件ゴルフ会員権につき会費の未納があるか否について本件ゴルフ場経営者である日興開発に対して行ったのみで、右会員権の名義人である故章弘と倉品との関係及び本件ゴルフ会員権が徳商に担保で差し入れられている詳しい事情を確かめず、名義人の故章弘側に売却の意思の有無を確認することもしなかった。また、倉品も本件ゴルフ会員権の譲渡手続を日興開発に対して行うこともしていない(<書証番号略>、被告代表者)。
6 ゴルフ会員権の販売をしている業者間では、ゴルフ会員権の買主の業者は会員権の名義人に売却の意思の有無を直接確認しないのが通例である。その理由は、業者間による顧客の横取りの防止にある(<書証番号略>、被告代表者)。
7 しかし、ゴルフ会員権の販売をしている業者間でも、ゴルフ会員権の名義人と売主とが異なる場合には、名義人を会員権の取引の場に同席させる例もある(被告代表者)。
以上の4及び5の認定事実から、被告には、本件ゴルフ会員権の売買に当たり、倉品に本件ゴルフ会員権の売却権限がないことを知っていたとまで認める証拠はない。しかし、ゴルフ会員権の売買の業者として、会員権の権利者が誰であるか、権利者に売却の意思があるか否かを確認することは、基本的な義務である。ただ、具体的事情にもよるが、売主と会員権の名義人とが一致している、又は一致していなくとも、名義人の委任状等で売主の業者が売却の権限を付与されていることが明示されているような場合には、直接名義人に直接確認するまでの義務はないといえるが、名義人と売主が異なり、かつ、金融業者に担保として預けてあり、しかも、借主でもなければ、会員権の名義人でもない業者が弁済期限前に払戻を受けた会員権を買い受けるという右1ないし4の認定事実の下においては、会員権の権利者が誰であるか、権利者に売却の意思があるか否かを確認することは、基本的な義務であるといえる。
したがって、このような確認義務を尽くさなかった被告には、ゴルフ会員権の売買の業者として、過失があるといえる。
もっとも、前記6のとおり、ゴルフ会員権の販売をしている業者間では、ゴルフ会員権の買主の業者は会員権の名義人に売却の意思の有無を直接確認しないのが通例であるという事情も認められるが、その理由も、業者間による顧客の横取りの防止にあり、ゴルフ会員権の権利者に売却の意思があることに疑念がある場合には、右売却の意思の確認をした上で、売買をすべきである。現に、前記7のとおり、ゴルフ会員権の販売をしている業者間でも、ゴルフ会員権の名義人と売主とが異なる場合には、名義人を会員権の取引の場に同席させる例もある。したがって、前記のような確認義務を尽くさなかった被告に過失があるといっても、業者に無理を強いるものではない。
三請求原因6の事実中、本件ゴルフ会員権の平成三年七月一六日現在の時価は、少なくとも二九〇〇万円である事実((1)の事実)は、<書証番号略>から認められ、(2)の事実中、原告と利害関係人との間の和解に関する点は当事者間に争いがなく、原告と倉品との間の和解に関する点は<書証番号略>から認められる。
したがって、原告の損害は、九〇〇万円である。
四次に、抗弁(消滅時効)について検討するに、<書証番号略>から、故章弘の相続人である原告らは、昭和六三年四月二〇日に本件ゴルフ会員権を原告が相続する旨の遺産分割協議書(<書証番号略>)を作成し、右協議書には、右会員権が鷹取名義に無断で変更されている旨の記載があることが認められる。右認定から、原告は、昭和六三年四月二〇日の時点で、被告が右会員権を倉品から買い受け、これを日本カントリーサービスに売却した事実を知っていたと推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。
したがって、原告が本訴を提起した平成三年八月一三日(この事実は、記録上明らかである。)には、右昭和六三年四月二〇日から三年が経過している。
よって、抗弁1は、認められる。
五次いで、再抗弁について検討するに、再抗弁事実は、当事者間に争いがない。そして、原告が平成三年八月一三日に本訴を提起したことは、前記四のとおりである。そして、右平成三年八月一三日は、別件訴訟が和解で終了した平成三年四月二四日(前記三の事実)から六か月以内である。
したがって、再抗弁は、理由があり、抗弁は、結局理由がないことに帰する。
六以上の次第で、原告の本訴請求は、理由がある。
(裁判官宮﨑公男)
別紙目録
日興開発株式会社設営に係る左記ゴルフ場及びその付属施設の利用権並びに保証預託金返還請求権を含む会員証書番号第五九四号の中津川カントリークラブ個人正会員権
記
一 ゴルフ場所在地及び名称
神奈川県厚木市中萩野一九四一番地
中津川カントリークラブ
二 保証預託金返還請求権
額面(会員証書上の金額)
金五〇万円